バイオ燃料の光と影ボルネオからの報告(上)成長切り札、森林破壊も。
食用油供給に影響懸念
地球温暖化の防止につながるバイオ燃料の需要が高まるなか、燃料の原料となるパーム油の一大産地マレーシア・ボルネオ島がバイオディーゼル燃料ブームに沸いている。ところがパーム油の生産拡大が熱帯雨林に生息する貴重な野生生物の生存を脅かす。持続的な開発に向けて模索するボルネオ島の現状を報告する。
ボルネオ島東部にある町、ラハダトゥ。植民地時代に木材の輸出拠点だった小さな町が、バイオディーゼルの世界的な生産拠点に生まれ変わりつつある。
工場が建つのは町の中心部から車で五分ほどの海に面する場所。東京ドーム約百個分の大きさの工場は来年にも完成、トラックなど約二十五万台分に相当する年間三十万トンの燃料が生産される予定だ。
マレーシア・サバ州が出資する企業「パームオイル・インダストリー・クラスター」が建設。ドリーン・リム・アシスタントマネジャーは「海外の民間企業数十社と販売契約の交渉を進める」と話す。韓国系企業がすでに敷地内に事務所を開き、生産開始に備える。
バイオディーゼルなどバイオ燃料は温暖化ガスを減らす“切り札”と世界が注目する。マレーシアでもラハダトゥのほかにボルネオ島最大の都市コタキナバルなど二カ所にも工場建設の計画がある。
同国のバイオディーゼル生産量は二〇一〇年までに現在の三倍近い百万トンに達する見通し。年間約二百万トンを生産するドイツに次ぐ規模になる。温暖化問題を好機ととらえ、経済成長の原動力にすることをもくろむ。
ただ切り札は食用油の供給不安や森林破壊という「もろ刃の剣」になる恐れもある。
すでにパーム油価格は高騰を始めている。〇五年には一トン当たり約一千五百リンギ(約五万三千円)だったが、〇七年は二千三百リンギ(約八万二千円)。中国やインド向け植物油の輸出が急増するうえ、燃料需要が加わり、供給不足になると市場が見込んでいるわけだ。
ラハダトゥでパーム油の精製工場を手掛けるラハダトゥ・エディブル・オイルのダニエル・コー・プラントマネジャーはバイオディーゼルの需要を期待するが、一方で「価格が乱高下すると食用油の供給が難しくなる」という。
森林破壊も加速しそうだ。マレーシア政府は需要増大に合わせて原料となるヤシ農園の拡大に乗り出している。パームヤシの作付面積は現在約四百万ヘクタールだが、新たに五十万ヘクタール増やす。インドネシアにもヤシ農園を今より約百八十万ヘクタール広げる計画がある。
サバ州では農園の面積は過去二十年間で十倍になり「農園開発は限界」と森林消失が危惧されている。パーム油を扱う欧州企業や三菱商事、ライオンなど日本企業は協力して森林保護に向けて動き出しているが、活動は緒に就いたばかりだ。
バイオ燃料のみに頼る「一本足打法」では環境保全と経済成長を両立することは簡単ではないという現実も、浮かび上がらせようとしている。
▼バイオディーゼル 生物資源(バイオマス)から合成する燃料の一種。パームやナタネ、大豆から搾った油を精製して作る。軽油の代替としてディーゼルエンジンの自動車にそのまま使える。植物を原料とするため、京都議定書では燃やしても温暖化ガスの排出量はゼロと計算される。地球温暖化の防止につながるとして世界で需要が拡大する可能性が高い。
バイオ燃料の光と影ボルネオからの報告(下)絶滅危惧種に新たな脅威。
「生命の回廊」確保難しく
マレーシア・ボルネオ島東部サンダカンに「セピロック・オランウータン・リハビリテーション・センター」がある。約百匹のオランウータンが自然林の中で暮らしており、林道を歩くと野生に近い姿を間近に見ることができる。
今春、一歳に満たない三匹の赤ちゃんがセンターの仲間に加わった。森林で親を殺されて農民らに保護された孤児たちだ。同センターのシルビア・アルシスト教育・来園マネジャーは「ここは動物園ではない。自活できるまで育てるリハビリ施設だ」と説明する。いずれも五歳くらいまで育て森に帰す予定だ。
ボルネオ島に生息するオランウータンは世界自然保護基金(WWF)が絶滅危惧種に指定する。推定頭数は一万匹。正確な統計はないが、五十年前の十分の一になったとの試算もある。熱帯雨林の伐採で生活空間が奪われたためだ。
さらにバイオ燃料の需要拡大が追い打ちをかける。バイオディーゼルの原料となるパームヤシ農園の開発で、森林を伐採する際に発見されるオランウータン親子が後を絶たない。体の大きい親は危険と見なされ殺されるケースが多く、これが個体数の減少に拍車をかける。このままなら今後五十年以内に絶滅するとの見方もある。
エコツーリズムで世界中から観光客が訪れるキナバタンガン川(全長五百六十キロメートル)。支流をまたぐように一本のロープが架けられている。「あれがオランウータンの命綱です」。地元で野生生物の保護に取り組む団体レッド・エップ・エンカウンターの保護員が教えてくれた。
オランウータンはエサを求めて川に沿って移り歩く。ところが森林の伐採で森が至る所で途切れてしまい、移動もままならない。エサを集められないと命を落とすことに。ロープはわずかに残された森林をつなぎ川に沿って動けるようにするのが狙いだ。
森林を結んで野生生物の道を確保する「生命の回廊(かいろう)」計画の一環で、WWFとマレーシア・サバ州が共同で進める。川に沿って長さ約二百キロの森林を自然保護区に指定し伐採をくい止める考えだ。
回廊ができれば同じく川沿いを移動し生活するボルネオゾウも救える。生息数は約千頭といわれ、絶滅はもう間近だとの指摘もある。
ただ回廊づくりにもバイオ燃料ブームが影を落とす。所有者の農民から森林を購入しなければならないが、バイオ燃料の需要増で土地の値段が高騰、費用は総額約百億円に達する。サバ州で森林購入の資金集めを続けるボルネオ保全トラストの坪内俊憲・最高執行責任者(COO)は「バイオ燃料が状況を一層厳しくした。残された時間は少ない」と危機感を強める。
農民は貧しくパームヤシを扱う農園業者から高値の売却を依頼されれば思いとどまるのは難しい。サバ州野生生物局のある担当者は「先進国が求めるバイオ燃料が農民を追いつめる。温暖化を防ぎたいのなら海外に頼らず、太陽光発電の導入など国内で対策に取り組むべきだ」と訴える。
日本は京都議定書の目標達成に向け二〇一〇年度までに五十万キロリットル(原油換算)のバイオ燃料を導入する。燃料の多くを輸入しなければならず、マレーシアへの期待も大きい。
海外頼みの温暖化防止は、新たなひずみを生みだそうとしている。
この連載は竹下敦宣が担当しました